寄稿:農業を始め、有機農業を知り人生が変わった

生きがい農業コース19期を修了された大上富士(あつし)さんから、有機農業との出会いから学びと実践、自然と向き合う暮らしの歩みについて寄稿いただきました。


田舎生活の始まりは、70才で退職後、2013年から野菜つくりの基礎を学びたいと思ったが、猪名川町内には学べる環境は無く、諦め懸けていた頃、神戸市西区に有る兵庫楽農生活センターを知り、そこで野菜・果樹・花の栽培方法を学ぶ機会を得た。

学び初めて2年が過ぎた2015年、保田先生の有機農業塾を知り学び始める。
農薬不使用の野菜つくりで有機農業作物の安全・安心の食を知ることになる。
そして、安心な土壌と食べ物を楽しく育てる「保田ぼかしの土つくりの力」つまり「微生物の力」を学び、知るほどに肥料と土壌と作物と食に安堵を感じています。

最も安心を感じる根源は、昔体験した「泥沼を浄化した溶液の基は有機資材で作られた微生物の力」を上回る有機資材配合の肥料(保田ぼかし)の奥深さを学ぶ機会が増えている。
ぶどう・ブルーベリー栽培で有機資材に加えて「野草と緑肥の力」を活用の効果を試している。

有機農業の最初は半信半疑からスタートしましたが、進めていくと農薬の責務として、人間、動物をはじめ果樹、植物、生物、微生物が生息する土壌など、全ての生物に対して有益となる要因は薄れ、生鮮で食する食文化に対して悩ましい不安が募っていった。
これを改善させるには「農薬不使用の有機農業」だった。

その行き先は、自然の恵みの恩恵をどうすれば受けられるか、露地栽培の農作物栽培には多才な知恵が必要である。
見栄えよりも安全・安心」が食の究極では無いかと思うようになりました。
さらに雑草と扱われる野草の活用、等、地上の植物は、生物の育成に有益な食べ物でもある。
そして味噌・醤油・酒、等、微生物の活用が大昔からの先人の知恵で現在にも受け継がれている。

いずれも農薬・化学肥料もない時代を生き抜いて、日本の食生活を支え続けて来られた先人の知恵、「鎖国時代の日本人口3千万人の食を蒔ってきた農業の歴史は凄い」農薬なし、農機具なし、ほぼ人力の時代で。
農地を開拓して、現在がある。
清い空気・水・農地・森林の恵まれた環境の有難さを現世の人達がもっと認識せねばならないのではないかと勝手に願っている。

農業を初めて5年が過ぎた頃、養蜂家と知り合い、一昔前に名村会長と眺めた開墾田は蜜蜂の巣箱が並んでおり、周辺には柚の幼木に囲まれた住処となっている。
桜の咲く春先から初秋まで猪名川町内4カ所(桜→柚→蓮花→栗→山椒)で蜜蜂が採蜜を、我が家の庭で採蜜作業を行っており、「試し舐め」が楽しみである。
農薬に敏感な蜜蜂が地区毎に2キロメートル周辺の生活環境の食の安全・安心のパトロールをしていただいている。
我が家の野菜つくりの現状は、有機農業塾とほぼ同じベースで取り組んでいる。

果樹栽培では楽農学校で知り得たぶどう栽培の仲間に感謝している。
生食ぶどう以外にワイン用ぶどう栽培を手がけている。
自作のワインを縁側で仲間と飲めるようになるのはいつになることか?楽しみにしている。

ブルーベリーに関しては、露地栽培で7年目となるが有機資材で元気に育っており。少しだが、道の駅への出荷をしている。
その他の果樹、柚、栗、みかん、ビワ、アケビ、プラムにも農薬不使用の有機栽培の望みが見えてきた。
農作物栽培の共通のテーマは、防獣対策である。特にアライグマ対策に苦戦している。